介護の現場から“まちの未来”を感じた──生活維持向上倶楽部「扉」が、泉区に住み続けたいと思わせてくれた
「介護」と聞いて、どんなイメージが浮かびますか。「辛い」「大変」「終わらない」——そんなネガティブな言葉が並ぶかもしれません。私自身も、突然両親が介護状態になったとき、頭が真っ暗になりました。不安の中で、さまざまな媒体で目にした泉区の山出貴宏さんのコメントにふれ、少し心が落ち着いたことを覚えています。そこで今回、株式会社NGU 代表取締役の山出貴宏さん、同社が運営する地域密着型通所介護事業所「生活維持向上倶楽部『扉』」管理者の川辺文枝さんにお話を伺いたいと思い、中田駅から徒歩10分の場所にある事業所を訪ねました。
認知症の偏見をなくしたい、介護を絶望だなんて言わせない
「親御さんに介護が必要になったと聞いたとき、どう思いました?」そう聞かれ、黙っていた私に山出さんは「絶望、ですか?」と問いかけました。認知症と診断されたからといって、なぜ絶望だと思うのか。同じ人なのに、恥ずかしい病気のように扱われてしまう。「私たちが望ましい形で関われば、いきいきと過ごせるし、社会にも関われる。認知機能の低下だってゆっくりと抑えられる。 “認知症のある方”と質問したときに、高血圧かどうかを尋ねられたときと同じくらい、ためらわずに手を挙げるのが当たり前になってほしいんです」と熱く語ってくれました。
隣で穏やかに話を聞いていた川辺さんは、送迎中にメンバーさんから「忘れるにも種類があるのよね」と言われたことが印象的だったと話します。その視点にハッとし、気づきをもらったと振り返っていました。
ここでは、利用される方を「メンバーさん」、スタッフ個人を「パートナー」、スタッフ全体を「Life Creator(ライフクリエーター)」と呼び、あくまで対等な関係を示しているということでした。
ちょうど取材中、メンバーさんたちが美化活動に出かけていく姿がありました。扉のアクティビティは、従来の「施設内で完結する支援」という枠を超え、地域の一員として外に出ていく体験を大切にしています。その取り組みは、「すべての人の可能性を信じ、ともに成長する場をつくる」という株式会社NGUのあり方を、日常の風景として体現しているように感じました。ごみを拾いながら地域の方々と挨拶を交わすメンバーさんの姿からは、「この地域の方は温かい目で『扉』を受け入れてくれているんですよ」と山出さんが話してくださった言葉どおりの、ひらかれた関係性が伝わってきました。
「扉」の紹介パンフレットには、プロに作ってもらったゆったりしたイメージ画像ではなく、メンバーさんが自ら畑作業や利用日以外の交流を楽しそうに活動している様子が並んでいます。山出さん、川辺さんが「うちは自分たちのところで行われていることを飾らずそのまま紹介したかった」ということで、NGUの「生活の営みの継続」を目指す姿勢が伝わってきました。
施設内にはテレビがなく、私が訪れた日はサザンオールスターズの音楽が流れ、皆さんが思い思いの作業ややりたいことに取り組んでいました。メンバーさんから「そろそろ門松づくりの時期だよ」と声がかかり、師走で有償ボランティアとして受注した門松づくりの準備作業も始まりました。メンバーさんが自立し、主体となって関わっている様子が伺えます。
こうした取り組みが評価され、「生活維持向上倶楽部 扉」は「かながわベスト介護セレクト20」や「みんなにやさしい介護のプロを目指すプロジェクト」(横浜市)など、数々の賞を受賞しています。
介護に向けるこの情熱で泉区に恩返ししたい
「僕はこの泉区新橋で3歳から20歳まで過ごしたんですよ」。山出さんは、ここに至るまでの経緯を語ってくれました。幼い頃はやんちゃで、いたずらばかりしていたそうです。近所の人からは声をかけられたり、叱られたりしながら育ちました。地域全体で子どもを見守る空気があったんです。
その後、福祉を学び、泉区外で介護の仕事に携わる中で、高齢者の尊厳が守られていないと感じるやり方に出会い、「本来のケア・介護を実現したい」と決意。当時一緒に働いていた川辺さんも介護のケアのあり方に疑問を抱いており、意気投合して一緒に事業をスタートさせました。
泉区を事業の場として選んだ理由は「恩返し」。とにかくやんちゃだった自分を育ててくれた地域の、あの温かさを未来へ受け継ぎたい。そういう取り組みのまちづくりに関わりたい——自分が専門で携わってきた介護や福祉で役立ちたい、そんな思いがあったそうです。
10件以上物件を回った末に偶然出会った現在の場所。内覧時に部屋の隅で目を閉じた瞬間、メンバーさん10人の笑顔が浮かんできたそうで、家賃も聞かずに即決したとのこと。「Never Give Up(決して諦めない)」の頭文字をとって株式会社NGUを設立しました。2011年当時、介護事業を株式会社化する事業所は多くはない状況でしたが、事業を柔軟に展開でき、型にはまらずメンバーさんに柔軟に対応できること、そして「この業界に風を入れたい」という思いから、株式会社として事業を進める道を選びました。振り返ると「まずはやってみる。そして結果は後からついてくる」ことがわかったとのことでした。
その後、認知症ケア分野で培ってきた技術をまとめた著書も話題となり、山出さんに全国から講演依頼が増えました。注目を浴びれば業界を容易に変えられると思えますが、実際には課題が多く、簡単には変えられません。だから山出さんは、業界に新しい風を入れる「きっかけづくり」が必要と考えました。
そのうえで重要になるのが「人それぞれが尊重されるケアとは何か」という “土台づくり”です。山出さんが広めようとしている「考えるケア」は、この土台づくりを具体的な形にしたものです。
「考えるケア」とは、一様にそろえたケアサービスではなく、入浴介助では、自分でできないことを聞いてサポートする。靴を履けるなら自分で履いてもらう。食事は逆に他の方を手伝えるならば手伝ってもらうなど、一人ひとりのできることを見ながら自律に繋がる行動を尊重するというものです。一見すると当たり前だと感じると思いましたが、介護の現場では個々に向き合う余裕もなく、ケアする側のやりやすさや効率を重視し、サービスが一様になりがちなのだそうです。だからこそ、山出さんは、「考えるケア」を広めることが業界に風を入れる第一歩になると考えているのです。
畑を耕すメンバーさん(左)、アイロンがけも進んでやります(右上)、洗濯物を干すのもみんなでわいわい(右下)自律的なメンバーさんの活動はさまざまなところに及びます(生活維持向上倶楽部「扉」さん提供)
2025年1月には、北九州からここでの取り組みを学びに移住した藤廣さんが会社に加わりました。10年以上この業界に携わっていたけれど、山出さんに出会ってここで働きたいと思い、転職を決心したとのことでした。「声かけ一つひとつの視点が、今までと違う。この声かけでメンバーさんの様子が変わるのを実感している」と語り、いつか地元に帰ってここで得た学びを広めたいとも話していました。
みんなで「手を取り合える」泉区にしたい
「“住むなら泉区”っていいスローガンですよね」。山出さんと川辺さんは、「いずみくらし」のこの言葉が気に入り、Instagramでもハッシュタグをつけて発信しています。
設立当初から掲げてきたのは、「誰もが暮らし続けられる街を創造し、“共に歩む”“生活の営み”を支える会社」として歩み続けること。泉区のスローガンとの親和性の高さを感じているそうです。
2022年、新たな取り組みとして山出さんは、自分のこの活動だけでなく、異業種の仲間と一緒に活動することで街全体を活性化していきたいと異業種経営者の地域創造チーム「アイディーズ」を立ち上げました。花火の打ち上げなど地域を盛り上げる活動も行い、泉区の魅力発信に取り組んでいます。
昭和のように近所同士が気軽に声を掛け合う良さと、令和のSNSなどで気軽につながる良さ。その両方を取り入れ、みんなで支え合える泉区をつくりたいと語ってくれました。
インタビューを終えて
エネルギッシュで信念に満ちた山出さんの言葉にふれ、親の介護を重く受け止めていた私の心は、嘘のように晴れました。また、川辺さんの「認知症に対する偏見や介護の仕事に対する誤解を払拭したい」という真っすぐな姿勢にふれ、親に対して抱いていた不安や悲しみも和らぎました。現実を受け止め、いつかは自分も同じ道を歩むのだと考えながら、ケアされる人を尊重する介護を実現しようと向き合う人たちがいる泉区で歳を重ねるのも悪くない——そんな思いが自然と湧いてきました。
##ライタークレジット:
文=小松文美(泉区ローカルライター)
写真=松本裕美枝(泉区ローカルライター)
##Information:
株式会社NGU
生活維持向上倶楽部「扉」
〒245-0013
神奈川県横浜市泉区中田東3-6-42
電話番号 :045-800-6231
FAX :045-800-6232
営業時間 :9:10〜16:20
活動日 :月曜日から土曜日(祝日も活動します)
休日 :日曜日・12月30日~1月3日
HP : https://ngup.jp
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