まもなく凱旋上映! ”空が広い”泉区が舞台の映画『上飯田の話』~たかはしそうた監督インタビュー~
2023年8月23日水曜日、横浜市泉区民文化センター「テアトルフォンテ」で映画『上飯田の話』が上映されます。泉区の上飯田町が舞台で、監督も泉区出身です。監督は何度も上飯田町に足を運び、団地にあるショッピングセンターの周りを歩くことで映画を構成する3つのショートストーリーについて着想し、地元の方々との交流を深めて映画を撮られたとのこと。しかも次回作の『移動する記憶装置展』でも上飯田町が舞台と聞き、さらに興味を持ちました。たかはしそうた監督に、本作品の背景をお聞きしました。
後から思い出してしまう不思議な映画
「泉区が舞台の映画が近々上映される」そんな噂を耳にしたのは、今年の春頃。どんな映画か楽しみにしつつ、舞台は上飯田団地のショッピングセンターとのこと。地元の映画というだけで興味深いのですが、泉区では数少ない、昔ながらの市場がかもし出す雰囲気を持つ場所が登場するのです。「あの場所をどのように写しているのだろう」と、一刻も早く観たいと思い、映画館へ足を運んだのでした。
映画『上飯田の話』は「いなめない話」「あきらめきれない話」「どっこいどっこいな話」という3つのショートストーリーで構成されていて、いずれも、保険の加入、結婚、訪ねた先での人との出会いといった、誰しも人生で一度は遭遇しそうな出来事が淡々と描かれています。
この映画が不思議なのは、淡々とした話なのに、観終わった後なぜかふと思い出して、登場人物やその会話について考えてしまうこと。まるで「ふつうのよくあるメニューなのに、後から思い出す味」というような料理を食べた時のような映画です。たかはしそうた監督、はたしてどのような方なのでしょう。
監督と泉区、居酒屋に通って少しずつ築いた上飯田の人たちとの関係
――監督と泉区の関わり、そして上飯田ショッピングセンターで映画を撮ることになったきっかけを教えてください。
私は生まれも育ちも泉区です。一時期別の場所に住んでいましたが、また泉区に戻ってきました。祖父母の家は上飯田町で子どもの頃から訪ねていました。しかし上飯田ショッピングセンターの記憶は朧気です。祖父が亡くなった後に辺りを歩いている時、改めて発見して入りました。その時、元文房具屋さんに置かれたままのショーケースがあって、おばあさん3人がそこに座って談笑していました。こういう光景って映画の中であえてやるとすごく嘘くさくなるのです。でもそれがここには本当にある。ゼロからでは作りづらい独特の雰囲気がある場所が、実際に存在する。その場が持つ説得力にとても惹かれました。
――撮影にあたっては、他の場所も撮影先として考えたり、見に行かれたりしたのでしょうか。
最初から上飯田で、と決めていました。その頃、上飯田町の祖父母の家を手放す直前であったことから、手放す前にその家の周辺で映画を撮りたいと思っていました。そんな時に上飯田ショッピングセンターと出会ったのが決め手となって「ここで撮りたい」と。ただ、僕が撮りたいと思ってもショッピングセンターの人たちがどう思うかは別です。そこで、まず入居店舗の一つの居酒屋「和らく」に行きました。実際に映画を撮るのか、またここで撮れるかもその時点では分からなかったのですが、どんな人たちが上飯田に居るのかをまずは知ろうと思って行きました。
最初はただ飲んで帰るだけで、撮影の話はしていません。おそらく3カ月ぐらい経った時に店の方や常連さんから「普段はなにしてるの?」という話題が出て、「映画を作っていて」と少しずつ会話の中で伝えていきました。
――上飯田のみなさんへ「この場所で映画を撮りたい」と伝えた時の反応はいかがでしたか。
居酒屋さんは快諾してくれました。乾物屋の滝戸さんも「うちだったら全然構わないよ」と。滝戸さんはショッピングセンターの組合の副会長で、「組合の集まりで声を掛けてみるから」と話を通してくださり、会長も紹介していただきました。そう、会長さんは映画の中でバナナの話をされたスポーツ用品店の高畑さんです。その時たまたまバナナの木の話もされて面白かったので「今の話を映画でもしてください」とお願いして出ていただきました。撮影前に全てのお店にご挨拶し、準備をして、撮影を行ったのが2020年の10月から11月にかけてでした。
撮影前、俳優やスタッフに「1回は上飯田に来てほしい」と呼びかけ、ほぼ全員来てくれました。場所の紹介をして、その時びっくりして嬉しかったのは、本多正憲さん(乾物屋のマコト役)が「和らく」で飲んでボトルを入れてくれたことです。初めて行ったのに、お店の人との関係を作ろうとしてくれたんですよ。
――監督が大切にしている場所との関係を、スタッフや出演者の方々も分かってくださったのですね。
映画の中で、上飯田ショッピングセンターを残しておきたい
――次に撮られた『移動する記憶装置展』も上飯田町が舞台ですが、2年後の作品でも上飯田町を選んだのはなぜでしょうか?
『移動する記憶装置展』は、2022年10月に撮影しました。この作品は東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作です。実は最初、企画が全く思い浮かびませんでした。僕自身、先に話を考えてから合う場所を探す作り方が苦手なもので、まずロケ地となる場所を探したく、改めて上飯田へ足を運びました。そのときに2020年の撮影時から店舗が減った現在の様子を見て、改めてこの場所を記録しておきたいと思いました。
映画はお金もかかり、なかなか撮影の機会を持てません。しかし当時は大学院の修了制作という映画を作らなければいけない状況がありました。大学院を出た後、次に映画を撮れるのはいったい何年後になるのかわかりません。そのときにこの場所がこのままあるかどうか…。せめて今の状況だけでも残そうと考えて、もう一度上飯田で撮ることにしました。
『上飯田の話』と比べて『移動する記憶装置展』はスタッフ数も多く、予算も大きかったこともあり、『上飯田の話』では撮影の人員的に無理だったとあるシーンを撮影することができました。
ちなみにこれは『上飯田の話』を撮る際もそうなのですが、地域振興やショッピングセンターの再興という要素は一切考えていなくて、ただ映画で撮っておけばこの光景を残しておくことはできるだろうということだけ考えていました。
上飯田という地名の抽象性と、泉区の魅力
――『上飯田の話』という映画は、上飯田町という場所によらず、もっと普遍的な人々のつながりや感情を表現した作品のように思えますが、なぜ「上飯田」という地名をタイトルに含めたのでしょうか。
確かに場所は上飯田でなくてもよかったかもしれません。しかし、そもそもこの場所を見て着想した映画です。上飯田があるからこそこの映画ができたという気持ちがあって、地名をタイトルに入れています。
もう一つの側面としては、上飯田という場所を知らない人が多いと思うので、上飯田という具体的な地名を出すことにより、より抽象度が増して、どこか分からない場所の話になると思いました。これが例えば「横浜の話」だったら別の、より具体的な光景をイメージとして持つ人も多いのではないでしょうか。
――監督は、ロケーション先として、また上飯田のまち自体の魅力とは何だとお考えですか?
先程の話とつながりますが、実は2作品とも上飯田である必要はそれほどないのです。なので、具体的に何かを挙げて魅力を伝えるのが難しいのですが、例えば『上飯田の話』で、最初のセリフは「空広いなー」という言葉です。これは実は僕自身が思ったことです。高層ビルが立ち並ぶような場所と空の見え方が違って、上飯田は空が広いまちだと思ったのです。
他に感じたのは、時間の流れ方です。特に上飯田ショッピングセンターへ初めて行った時、「ここの場所は時間の流れ方が素敵だな」「流れている時間の速さがここだけちょっと遅いんじゃないかな」と感じました。時間の流れ方の違いは、上飯田のまちの魅力の一つじゃないかなと思います。同じ横浜市内でも、横浜駅周辺とは明らかに速さが違うと思いませんか?
――他にも監督の目から見て、泉区の魅力や良さはあるでしょうか。
先ほどの時間の速さ以外だと自然の豊かさ、でしょうか。私の家の近所を散歩すると地域住民のための農園があります。
『移動する記憶装置展』では住民の方にインタビューをしているのですが、その中で、移り住んできた若い子育て世代のお母さんが「泉区は公園も広くて自然もたくさんあって、子育てしやすそうだなと思って引っ越してきました」と話していました。
「めちゃくちゃ嬉しかった」地元での凱旋上映
――さていよいよ8月23日に、泉区のテアトルフォンテで『上飯田の話』の上映が行われます。地元横浜市泉区での「凱旋上映」を迎えますが、監督はどのようなお考えでしょうか。
上飯田近くでの上映は悲願でした。実は撮影中から「いつか上飯田の方が観やすい所で上映をしたい」と思っていました。上映会開催のお話をいただいた時は、めちゃくちゃ嬉しかったです。お世話になった方々には作品のDVDをお渡ししましたが、やっぱり大きなスクリーンで見ていただきたいですし。こういう機会を設けてくださりありがたいです。
――上映会にいらっしゃる方へのメッセージはありますか?
『上飯田の話』は上飯田町を始め、地域の方に見ていただくことで完成する映画だと思っています。上飯田のみなさんの協力がなければ、この映画は作れませんでした。テアトルフォンテさんで見ることは他の場所では得られない特別な映画体験になると思います。ぜひ大きなスクリーンでご覧ください。
実は出演者としてクレジットされているわけではありませんが、結果として映画に映っている方が何人かいらっしゃいます。例えば映画の冒頭に、話し込むおばあさんが出てきます。たまたまショッピングセンターにいらしたお客さんです。『上飯田の話』を撮る時に決めたのですが、僕たちは営業しているショッピングセンターにお邪魔しているので、「映画の撮影中なので退いてください」と絶対に言わないようにしました。なので、おばあさんが話し終わるのを待ったのですが、なかなか終わらない(笑)。でもその時に「これが普段の光景なのだ」と思いました。多分あのおばあさんはいつもお店を訪ねて、店の人と話すのがすごく楽しいのでしょう。「楽しい時間を邪魔しちゃいけないな」と、そのまま撮ったのです(映ることの許諾はとりました)。そのような実は映っている地元の方々も見てくれたら嬉しいな、と思っています。
――ありがとうございました。
質問の一つひとつに、じっくりと考えて、丁寧に緻密に答えてくれたたかはしそうた監督。場所や建物、そしてその場の人たちや、映画に関わるスタッフや出演者たち全員を大切にされている様子が伝わりました。
8月23日の『上飯田の話』上映会は、14:00からと、19:30からの2回行われます。いずれの回も、監督と俳優のアフタートークが行われます。映画を、そしてたかはしそうた監督の話を楽しみに、ぜひ上映会に足を運ばれてみてはいかがでしょうか。
##ライタークレジット:
写真・文=一柳亮太(泉区ローカルライター)
##Information:
『上飯田の話』映画公式サイト
https://kami-iida-stories.com/
横浜市泉区民文化センター テアトルフォンテ 『上飯田の話』上映会
※たかはし監督と俳優のアフタートークあり
日時:2023年8月23日(水)
①14:00~15:00(アフタートーク15:10~15:30)
②19:30~20:30(アフタートーク20:40~21:00)
※上映30分前開場
会場:テアトルフォンテ ホール(全席自由)
入場料: 1,000円(高校生以上)/500円(3歳以上)※膝上鑑賞無料
※両回とも8月16日15時時点では空席あり(当日券の販売は未定)
主催:横浜市泉区民文化センター テアトルフォンテ
後援:横浜市泉区役所
協力:上飯田ショッピングセンター、特定非営利活動法人よつ葉の会
問い合わせ・予約:横浜市泉区民文化センター テアトルフォンテ(指定管理者 相鉄企業株式会社)
TEL 045-805-4000
https://www.theatrefonte.com/event/detail/id=324
「PFFアワード2023」入選作品『移動する記憶装置展』
(9月9日からの「第45回ぴあフィルムフェスティバル」にて上映予定)
https://pff.jp/45th/award/competition.html#e
※このコーナーの記事は、泉区が大好きな「泉区ローカルライター」が、区民の目線で取材し、執筆しています。
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