光と風を描いた30年 絵画教室「こもれび」主宰・北條怜さん
2025年6月、泉区民文化センター「テアトルフォンテ」で開かれていた「こもれび」の絵画展。そこには、木漏れ日の光や風の流れを感じさせる、鮮やかな水彩画の数々が展示されていました。色彩のやわらかさと構図の大胆さに思わず足を止めて見入っていると、背の高い男性に声をかけられました。私の教室の作品なんですよ——そう微笑んだのが、「こもれび」を主宰する北條怜さんでした。浅黒く日焼けした肌に、絵筆を握る手は大きく力強い。後日取材させていただきたいと口約束を交わし、絵画展を後にしました。
50代での転身、好きな絵を皆で描く人生へ
10月下旬、本来は中区・山下公園のバラ園でスケッチ会が予定されていた日に取材の約束をしていました。これまでに教室で何度か訪れているという思い出の場所です。雨の予報でスケッチ会はやむなく延期となり、和泉町在住の北條さんといずみ中央駅近くのハンバーガー店でお会いしました。
カウンター席の窓越しに見える灰色の空を眺めながら、北條さんはコーヒーを手に取り、「まあ、自然が相手ですからね」と穏やかに微笑みます。屋外でのスケッチを大切にしてきた北條さんにとって、天候は常に向き合う相手のひとつ。それでも「描けない日も、それはそれでいいんです」とやさしく語るその表情には、長年自然と寄り添いながら絵を描いてきた人ならではの落ち着きが感じられました。
北條さんが「こもれび」を立ち上げたのは、今から約30年前。もともと北條さんは、テレビ番組のコンテ制作の仕事をしていました。「子育てが終わったのが50代でね。これまで黙々と机に向かって脚本に合わせて描くより、自分が好きな光と風を、仲間と一緒に描きたいと思ったんですよ」。そうして、テレビの仕事を離れて、絵画教室を立ち上げ、仲間となる「生徒」を集めた絵の道に進みました。
揺らぎながら降りてくる日差しを感じる「こもれび」という名の由来と想い
当時、絵画教室の多くは室内で静物を描く形式が中心でしたが、北條さんは「自然の中で描くこと」に強く惹かれました。木々の間から光がこぼれ、風が吹くと影が揺れる、その一瞬の美しさを表した言葉「こもれび」を、教室名に選びました。
教室を始めた当初は、さまざまな場所で描いていました。「昔は許可も何もいらなくてね。高層マンションの非常階段に登って、上から街を描いたこともあります」と笑う北條さん。
これまでに訪れたスケッチ地は300カ所を超えます。行き先の条件は明快で、
・長時間滞在できる(管理者の許可が取れる)
・公共交通機関で行ける
・トイレがある(「これがいちばん大事」と北條さんは笑います)
の3点。
行き先は「広報よこはま」などから候補を探し、下見を重ねて決めます。多いときは5回も足を運ぶそうです。「場所を選ぶのはとても楽しい。そこに季節の色があるかを調べます」。自然の光を追い続けてきた北條さんの言葉には、静かな確信がありました。
人をつなぐ光と笑顔
現在、「こもれび」には20名の生徒が在籍し、平均年齢は80歳前後。月に2回、神奈川県内の名所を訪ねてスケッチを行います。活動拠点は、泉区民文化センター「テアトルフォンテ」。屋内では静物デッサンや講評を行い、屋外では季節の光を描きます。
スケッチ会では、まず鉛筆で下描きを行い、北條さんが一人ひとり手直しをします。「構図ができたら“よし”を出して、それから彩色です。水彩はね、光を逃さず見て塗るのが大事なんですよ」。風や音、香りまでも絵に溶け込むような時間が流れています。
これまでに「こもれび」が描いてきた風景は、地元・泉区はもちろん、神奈川県内・東京・伊豆房総など多岐にわたります。真冬の新宿御苑で生徒が池に落ち、北條さんが自分のコートを貸したことも。「寒い中だったけど、みんなで助け合ってね。絵より思い出のほうが残ってるかもしれません」と笑います。
一方、個展やスケッチ会での出会いも多く、「ベテランの方も、初めて筆を持つ方も一緒に描いています」。筆を通して人がつながり、笑い合う時間、それが「こもれび」の魅力です。
これからも「光」を描き続けて
北條さんは82歳になった今も、精力的に筆を握り続けています。取材当時、テアトルフォンテで開催されていた絵画展では、タウンニュースでも紹介され、筆者の滞在中は、数名の方が熱心に見入っていました。「人が見てくれるとね、嬉しいものです。描いてきてよかったと思います」
今後は、自身の個展開催が目標です。作品の搬入や設営など体力を要する作業もありますが、「自分の光をまだ描きたい」と語るその目は澄んでいました。
「光というものは、決して止まっていないんです。風に触れた瞬間に揺れて、どこかへ向かって動き続けていくんです。絵を描くことにも、そして生きることにも同じなんです」。コーヒーの湯気の向こうで、30年前に人生の舵を切った北條さんの言葉が静かに響きました。
##ライタークレジット:
文=石井豊
写真=石井豊、松本裕美枝
##Information:
絵画教室「こもれび」
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