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地域と育む、地域が生きる ~いずみ野小学校の食農教育45年~【後編】

いずみ野全体で取り組む地産地消プロジェクト

スーパー給食

開校以来40年以上にわたり、大都市では珍しい食農教育を進めている「いずみ野小学校」。地元農家や地域ボランティアプロの料理人などの地域の支援のもと、1年を通した食育・農業生産活動を全学年で行っています。今回は、伝統あるいずみ野小学校の生産活動を核に、いずみ野地域の地産地消の取組を前編と後編に分けてお届けしています。

後編では、いずみ野小学校で実施された「スーパー給食」の様子と、日々お世話になっている農家さんや地域コーディネーターの方へ感謝を伝える「収穫祭」の様子をレポートします。

(いずみ野小の活動に関わる地域のボランティアや農家の取組・思いなど、前編はこちら)

 

 

プロの料理人による“出前授業”

 

「濱の料理人※1」が地元農家の農畜産物を使って小学校の給食メニューを監修する取り組みである「スーパー給食」。2022年12月2日、記念すべき10回目の実施となりました。

 

このスーパー給食は、プロが監修した料理を食べるだけではありません。いずみ野小学校では「学び隊」(前編参照)という有志の児童が農家の横山正美さん・宜美(よしみ)さんや地域のボランティアの皆さんに協力してもらいながら、旬の野菜を育てています。その野菜をベースにスーパー給食の献立が決まるのです。

また、総合の授業として、3年生から6年生までの児童に向けて料理人による食の「出前授業」を実施。今回はその中から「出汁とお吸い物(4年生)」の授業と、「味覚の授業(5年生)」をご紹介します。

 

※「横浜市を全国に誇れる『地産地消』の代表都市にする」という理念のもと、2010年に発足した有志の団体。地産地消に取り組む企業や料理人、農業従事者が参加している。

 

濱の料理人代表・椿直樹さん。横浜市庁舎内にある「TSUBAKI食堂」の代表でもあります

 

5年生の教室では、このスーパー給食の発起人であり、濱の料理人の代表でもある椿直樹さんが登壇。

「皆さんは目で色を見たり、触って固さを確かめたり、五感を使って食べ物を感じています」というお話から始まり、最初に出されたのはABCと書かれた3つの紙コップ。果汁のパーセンテージが違う2種類の市販のオレンジジュース(A・B)と、椿さんが砂糖やクエン酸、色粉などを混ぜて再現したジュース(C)を飲み比べました。

 

児童からは「Aが美味しい」「Cは不思議な味がする」などさまざまな声が。椿さんは児童を近くに呼び、実際にCのジュースを作る工程を披露しました。驚く児童に「五感と五味を理解して、自分で好きなものを選ぶ力をつけてください。『Cが美味しい』も間違いではないんです」と椿さん。

実際に体感しながら学ぶ椿さんの授業に、子どもたちも楽しそうでした。

 

オリジナルのオレンジジュースをつくる様子

 

みんなで糖度計を覗きこみながら、さまざまな意見が飛び交います

 

「鼻とつむじの頂点が交差するところを意識して」という椿さんの言葉に反応する子どもたち

 

「濱懐石つねとら」オーナー・近藤恒夫さん

 

4年生のクラスでは「濱懐石つねとら」オーナーの近藤恒夫さんによる「出汁とお吸い物」の授業を家庭科室で実施。まずは日本料理の基本である「一番だし」について学びました。「昆布は、奈良時代には朝廷に献上されていて税金のような役割もあったんですよ」と、歴史も交えて紹介。素材を入れた鍋をふつふつと沸騰させると、出汁のいい香りが。児童たちも身を乗り出して興味津々です。

 

 

火加減を調整し、農家の横山正美さん・宜美さんの小松菜とゆずを入れたお吸い物が完成しました。

 

昆布と鰹節で丁寧にだしをとったお吸い物

 

「ゆずを上唇につけるようにもってきて、音を立てないように汁を飲んでください。口元でゆずの香りとお出汁の味が混ざり合い、“味わう”ということの訓練になります」と、近藤さんが食べる時の工夫について話すと、児童たちは音を立てずにゆっくりと真剣にお吸い物を味わいました。

 

お吸い物を飲む児童たち

 

「みなさん集中してお吸い物を味わっていて、よい時間でした」と近藤さん

 

いよいよスーパー給食! 料理人、学び隊、校長先生からもお話を聞きました

 

出前授業で食への理解度を高めたところで、給食の時間に。白衣に着替えた児童たちは楽しみな様子で給食を取りに行きました。メイン料理の「やまゆりポークの発酵煮込み」と「里芋のみりん煮」は、「菌カフェ753」オーナーの辻一毅さんが手がけたもの。デザートの「ほうれん草とバナナのミニマフィン」は「旅するコンフィチュール」オーナーの違克美さんが監修しています。里芋やにんじんは横山正美さん・宜美さんがつくったもので、学び隊が育てたほうれん草もマフィンに使われました。

 

左上から牛乳、里芋のみりん煮、ほうれん草とバナナのミニマフィン。左下から胚芽ご飯、やまゆりポークの発酵煮込み

 

待ちに待った給食の時間。この日はより新鮮な気持ちで給食を味わっていました

 

給食後、濱の料理人代表の椿直樹さんにお話を聞きました。

椿さんは、いずみ野の地産地消に長く関わってきました。

スーパー給食の縁もきっかけに、いずみ野で「地産地消」をテーマにした飲食店を出店・経営し、そこでは、横山正美さん・宜美さんはもちろん、多くの地域農家から仕入れた農産物をメニューに採用してきました。

当時のPTA会長から相談されたのをきっかけに、プロの料理人が給食を監修す

る企画がスタートしたという椿さん。はじめは手探りで苦労したと言います。

「店で出すメニューとは違うさまざまな留意点が給食にはありました。生ものは衛生上の観点からNGだったり、一度に何百人分の給食を作ったりと、多くの制約がある中で献立を考えなければいけません。最初は一緒に仕込みなどもやっていたのですが、小学校の栄養士さんと相談しながらやり方を調整していき、メニューを監修する方法に落ち着きました」。

 

毎年のメニューは監修する料理人によってさまざまで、過去にはフレンチやイタリアンのメニューも。「今年は自然食や発酵を得意とする辻さんが監修することとなり、これまでとまた違った色が出た」と椿さん。そのなかでも一貫しているのは、いずみ野小学校の学び隊が育てた野菜をベースにしていることです。

 

「今後も地産地消の取り組みを続けていきたい」と、スーパー給食の意義についてこんなふうに語ります。

「実は料理人になったばかりの頃は地産地消の意識は全くありませんでした。たまたま当時働いていたお店で野菜フェアのイベントがあり、神奈川県でもたくさんの作物が育てられていることを知ったんです。このスーパー給食のイベントも、育ち盛りの子どもたちがもっと食に興味をもつきっかけになったらうれしいですね。そして大人たちも、子どものたちの給食やお弁当に関心をもち、食べているものがどこで作られているものなのか、どのように作られているのかについて、お互いに話し合っていけるといいと思います」。

 

椿直樹さん

 

そんなスーパー給食の土台となる野菜を育てている学び隊は、有志で集まった4年生〜6年生が活動しています。週2回の活動で、季節ごとに旬の野菜をいくつか育てており、今回のスーパー給食ではほうれん草がデザートのミニマフィンに使われました。

6年生のひとりは「やまゆりポークの発酵煮込みには苦手なかぶが入っていたのですが、野菜をつくる大変さを知っていたので食べてみようと思いました。実際に食べてみると、野菜そのものの味わいや甘さが感じられてとても美味しかったです」と話してくれました。

 

また、学び隊の活動には必ずボランティアの方がいて、わからないことがあればすぐに聞けるのも特徴的。その支えを児童も感じています。

「活動をしていて、いずみ野小学校は多くの人に支えられているんだと感じます。野菜やいずみ野への愛が強いんだなと思いました。今後も農業に関われる場面があれば参加したいです」。

 

さらに、嬉しいことに、学び隊の子どもたちから募集し考案されたレシピが、椿さんの料理店で昨年実施された、地産地消メニュー「18区丼泉区丼」の開発・提供につながっています。

 

学び隊の子どもたち

 

新型コロナウイルスが猛威をふるい始めた2020年4月に着任した齋藤敦子校長は、「初年度は本当に予測がつかない日々となりました。」と話します。

「就任一年目は休校が多く、スーパー給食も実施できませんでした。地産地消を大事にした取組をなんとか存続させようと、椿さん含め、農家さんや地域コーディネーター、相鉄いずみ野線沿線環境未来都市(※2)スポンサーのみなさんと話し合いました」。

 

学び隊の活動もストップしている間は、教職員が農家の方やボランティアの皆様の御指導のもと、率先して畑の管理をしていました。学校が再開する日を待ち望みながら、何とか子どもたちにバトンを渡したい、農業生産活動を途切れさせてはいけないという気持ちが伺えます。2021年にはスーパー給食に関わる人員を制限し、食事を別部屋で食べるなどの感染予防策を講じて実施することができました。

 

「本校には『自分が好き 友だちが好き 学校が好き このまちが好き』という学校教育目標があります。子どもたちいずみ野小学校の良いところを聞くと、『地域の人たちが私たちを支えてくれていること』が一番に出てくるんです。スーパー給食の取組を通して、食への関心が高まり、いずみ野のまち全体を好きになってもらえたらうれしいですね」。

 

齋藤敦子校長先生

 

いずみ野小学校の学校教育目標

 

※2)「相鉄いずみ野線沿線環境未来都市」:相鉄いずみ野線沿線には「活発な市民活動」「豊かな自然と農地」など、豊富な地域資源が存在しています。一方で、インフラの老朽化や耕作放棄地の増加など、横浜市の郊外が共通して抱える課題が相鉄いずみ野線沿線にもあります。横浜市と相鉄HDはこのような地域課題を解決し、地域の魅力をより高めていくため、2013年4月に、地域や企業、大学、行政との協働による新たなまちづくりを進めるための「相鉄いずみ野線沿線の次代のまちづくりの推進に関する協定」を締結し、「相鉄いずみ野線沿線 環境未来都市」の取組を行っています

 

 

学びと感謝を伝える“収穫祭”

 

いずみ野小学校では、1年を通して1〜3年生は芋作り、4〜6年生は稲作に取り組みます。その収穫を祝い、1年間の学びを発表するのが「収穫祭」。会場の準備から進行まで、子どもたちが主体となって行います。

 

司会進行を務める子どもたち

 

今年の収穫祭のスローガンは、伝統。「感謝 学校とまちでつなぐ学びとしゅうかくの伝統」とスローガンを発表する子どもたちの声が体育館に響き渡りました。

 

「今年のお米の収穫量は約97kg。オオカミ4匹分ほどです」と収穫量発表の様子

 

 

収穫祭は、子どもたちに田んぼや畑を貸し、農の大切さを教えてくれた地域の農家さんや、さまざまな場面で支えてくれたボランティアの皆さんに感謝を伝える会でもあります。

 

開会式のプログラム“ありがとうタイム”では、1〜3年生は大きな紙でつくった花束、4〜5年生は寄せ書きを、お世話になった地域の方々へ渡し、最後は歌のプレゼントで締めくくります。

 

花束や寄せ書きは代表児童がお世話になった方一人ずつに手渡しします

 

子どもたちの笑顔や一生懸命な姿が伝統をつないでいく

 

長年子どもたちのために田んぼを貸している農家の横山義一さんは、収穫祭の様子を見て「1年生もみんなの前であんなふうに話せて、かっこよく立ち回るというのは、珍しいでしょう。びっくりしました」と感動した様子。

 

「自分たちでつくったお米はこんなに大切なんだと知ってもらいたいから、44年間伝え続けている。息の長い活動ですが、周りの応援もあるし、藁を担いでいる子どもたちの姿や笑顔に元気をもらえるから続けてこられました。今日は子どもたちがきちんと挨拶して進行して、本当にドラマみたいだったね。これは社会に出てもためになると私は思います」

 

横山義一さん

 

 

地産地消と食育に関わるさまざまな取り組みを、積極的に行っているいずみ野小学校。一大行事である「スーパー給食」や1年間の集大成「収穫祭」では、子どもたちのわくわく感が伝播するかのように学校中が明るくなりました。それは、今年も子どもたちが主体となって活動ができるよう、地域の方々のサポートがあったからこそ。同様に、農家やボランティア、校長先生、教職員、保護者の皆さんそれぞれも、子どもたちの笑顔から大きな力をもらっています。

「子どもたちのために」という地域の人々と学校の思いが重なり、40年以上の伝統がつながれてきました。そんな長年の地域と学校が一体となった活動が評価され、令和4年度に、安藤スポーツ・食文化振興財団「第 21 回 トム・ソーヤースクール企画コンテスト(※1)」の学校部門で優秀賞と「コミュニティ・スクールと地域学校協働活動の一体的推進(※2)」に係る文部科学大臣賞を受賞しました。

 

~表彰を受けて、校長先生のコメント~

開校当時、この地に移り住んできた子どもと地元の子どもが、この地域を心のふるさととして共に成長してほしいという地域の熱い思いを受け、「心を育てる」という教育理念もとに米作りや野菜作りが始まりました。以来40年以上、地域や保護者の方々の協力を仰ぎながら、農業体験活動を中心とした食育

にも取り組んでいます。

コロナ禍において本校伝統の農業生産活動をどのように継続していくか、職員、地域、保護者で連携しながら実践してきた新しい生活様式を取り入れた農業生産活動の中でも農業関係者と触れあったり、協働的に農業生産活動を行ったりすることで、生産者をより身近に感じながら地産地消やSDGsへの理解を深めています。地域との強い結びつきが、児童の食に対する意識向上につながっていて、感謝の気持ちをもって食事をしようとする思いをもつことができている子どもが多くいます。

学校運営を協働的に支えている学校運営協議会や地域コーディネーターの方を中心に子どもたちの活動を具体的にサポートしているボランティアの皆様(MSI… Multi Support IZMINO)の協力が継続的に得られていることに全国的レベルで評価をいただきました。改めて感謝申しあげます。

 

トムソーヤ表彰の様子

教育委員会長に文部科学大臣賞受賞の報告

 

 

地域の人々からたくさんの想いをもらい、特別な経験を経て、「このまちが好き」という思いを持った子どもたちが時を経て親世代となり、支援に携わり、歴史と伝統を次に繋いでいくのです。地域が一体となった、いずみ野小学校の地産地消と食育の活動に、今後もぜひご注目ください。

 

 

 

 

 

※1)第 21 回 トム・ソーヤースクール企画コンテスト

安藤百福氏が掲げた「食とスポーツは健康を支える両輪である」の理念のもと、安藤財団が「自然体験は子どもたちの体力、創造力、チャレンジ精神を育む」との考えに基づき、全国の学校や団体から自然体験活動の企画案を公募し、その実施を支援するとともに、優秀な活動団体を表彰しています。

表彰理由:栽培から収穫、活用方法に至るまで、子どもたちがしっかりと関わりながら丁寧に活動を展開している点や、地域の方との協力を密にすることで地域に根差した活動を継続している点を高く評価。

 

(参考:「第 21 回 トム・ソーヤースクール企画コンテスト」文部科学大臣賞、 安藤百福賞決定 | 安藤スポーツ・食文化振興財団 (ando-zaidan.jp)

 

 

※2)コミュニティ・スクールと地域学校協働活動の一体的推進

コミュニティ・スクールと地域学校協働活動の一体的実施により、学校運営の改善・強化のみならず、学校を核とした地域づくりにも効果を上げている取組のうち、他の模範と認められるものに対して表彰しています。

 

(参考:令和4年度「コミュニティ・スクールと地域学校協働活動の一体的推進」に係る文部科学大臣表彰、第75回優良公民館表彰等について:文部科学省 (mext.go.jp)

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