実は稀有な存在、Eバスの軌跡を振り返る
泉区内では2002(平成14)年に会員制のコミュニティバスから始まり、2014(平成26)年4月に誰でも利用できる路線バスへと変貌した、全国的に見ても珍しいバスが走っています。
その名も【Eバス】。
起点の相鉄いずみ野線いずみ中央駅から横浜市営地下鉄ブルーライン下飯田駅を経由して下和泉住宅を巡回する小型路線バスです。筆者が泉区に引っ越してきて最初に目についたのがEバスでした。
そのEバスが2024(令和6)年 4月に本格的に路線化されて10年になります。
というわけで、Eバスについて住民、事業者、行政のそれぞれからのお話を、元路線バス運転手の筆者が伺ってきました。
きっかけは都市開発の副作用
1999(平成11)年に横浜市営地下鉄ブルーラインが湘南台駅まで延伸されたことにより、神奈中バスの戸塚駅行きと区役所行きが廃止となり、立場駅〜湘南台駅間は大幅減便になってしまいました。
また、Eバスの路線でもある下和泉住宅エリアは、そもそもバス停までの道のりが決して近くはない上に、舗装もされていない箇所もあって、バス路線に出るまで一苦労でした。そのため、高齢化の進む下和泉住宅内にバスを走らせることは喫緊の課題だったそうです。
そこで行動を起こしたのが、当時の自治会長の佐久間幹雄さんと、地域住民で組織する下和泉地区交通対策委員会の皆さんでした。
まずバス会社やタクシー会社に話を持って行きますが、道が狭い等の理由で断られてしまいます。そんな中でも交渉の末に手を差し伸べてくれたのが、今も運行を任されている天台観光株式会社でした。
住民主体の運営形態での難しい挑戦
ただ、天台観光は観光バス会社であるが故、定期運行バスを走らせるのに以下の条件がありました。
①不特定の人を乗せて料金を取ってはいけない
②運転手は運転のみ、他の業務をしてはいけない
③バス停の設置、時刻表の表示をしてはいけない
この対応策として、
①会員制で人を特定して会費を集める
②添乗員(ボランティア)が同乗する
③バス停、時刻表は会員に直接通知する
という、かなり難しい方法を実践していきます。これは定期運行バスでは、珍しい運行形態です。それができたのは、佐久間さんのリーダーシップと住民の皆さんの協力があったからにほかなりません。とくに添乗員は2交代制の報酬のないボランティアでしたが、20人の募集に対して、しっかり人員が集まりました。
また、売り上げが目標額に届かなかった時の補填用として、Eバス基金も募りました。こちらも一定額が集まったのは、紛れもなく下和泉住宅の皆さんが実現に向けて『口動』だけでなく、『行動』を起こしたから。この熱意に「最初は赤字でもいい、バスは走らないと乗ってくれない」と天台観光も協力的に。
こうして2002(平成14)年4月に会員制のバスとして走り出したEバス。3年間は利用客が増えず苦戦するも、4年目以降は乗客も増えていき、安定した運営ができるようになりました。その後は社会状況の変化や東日本大震災などの影響を受けて赤字経営の危機もあり、Eバス基金の再募集と値上げを余儀なくされてしまいますが、ここでも住民の皆さんの協力で赤字になることなく苦難を乗り越えていきます。
そして路線化へ
2012(平成24)年、天台観光から委員会に、現行の路線での路線化の提案がありました。運営委員の体制や経営状態などを長期的に考えて路線化移行への結論を出し、横浜市の地域交通サポート事業に申請、Eバス代表×天台観光×横浜市の三者による協議が始まります。
Eバスは既に会員制コミュニティバスの実績が11年あるため、審議上支障になる事項はありませんでした。そして、2013(平成25)年9月より約6カ月の実証運行期間を経て、2014(平成26)年3月に天台観光が乗合バス事業者として認可を受けたことにより、ついに誰でも利用できる路線化した【Eバス】が4月1日に本格運行を開始したのです!その後、バス停の増設とダイヤ改正を経て現在に至ります。
現状維持の気概と潔さ
続いて運行事業者である天台観光株式会社にお話を伺ってきました。取材時に印象的だったのが、ゆめが丘ソラトスが開業しますが期待することはありますか?の問いに、「過度に期待せず現状維持ですね」と仰っていたことです。
ビジネスで現状維持とは衰退を意味するという考え方もありますが、Eバスは下和泉住宅の方々の惜しみない努力により誕生した路線バスであるため、「利益は最重要視しない“地域貢献”の事業です」と営業部の松尾健司さんは言います。とはいえ赤字では事業継続が難しくなりますが、現状は黒字化ができているそうです。
ただ、近年はコロナ禍の影響で外出自粛やリモートワークの推奨などにより、利用者が2割ほど減ってから完全には回復していません。燃料費の高騰も相まって、利益を圧迫している状況のようです。永続的な運行のためにも、通勤通学や買い物の際は下飯田駅まで、区役所に手続きの際はいずみ中央駅まで、ぜひEバスをご利用いただければと思います。
運転手もEバスが好き?!
Eバスを担当する運転手の中に、Eバスが運転したくて天台観光に入社された方がいらっしゃいます。しかもお住まいは近所ではなく少し離れた隣の市から。職業運転手あるあるですが、同じ所をグルグル回るのは苦手で、いろいろな場所へ運行するのが好きな運転手の方が比較的多い印象です。例に漏れず筆者も路線バスを運転していた頃、朝から晩まで同じところを回る日は憂鬱でした。
業界でも希少でありがたい存在のこちらの運転手さんはEバス専任のため、よく利用される方でしたら既に知っている顔かと思いますし、いつもの運転手さんだと安心感がありますよね。
地域に寄り添い伴走する行政
最後に横浜市都市整備局にも取材させていただきました。地域の主体的な取り組みをサポートする横浜市地域交通サポート事業では、ほかの地区でも新たにバスを走らせようと組織を立ち上げましたが、うまくいかずに実証実験で終了してしまうこともあったそうです。
そんな中で既出の通り、2012(平成24)年に地域交通サポート事業の三者協議が始まり、審議上支障になる事項がなかったEバスは約2年で路線化までこぎつけます。この頃、区政推進課でEバスの担当をしており、現在は都市交通課の井上美幸課長補佐が当時、確認で先方に連絡すると、既に佐久間さんが事前に話をしてくれているなど、人脈の広さや行動力に驚いたそう。そのエピソードが象徴するように、先に手を打つ佐久間さんの突破力と、下和泉住宅の皆さんのまとまりや行動力が路線化を実現させたのだと改めて実感しました。
Eバスを通して見えた人間力と小学生が描く未来
今回Eバスを取材させていただき辿り着いた事、それはひとえに佐久間さんの思いが原動力となり、動き始めた地域の“輪”が勢いに乗ることでさらに大きな社会の“和”となって、難関を切り開く突破力につながったのだと感じました。
そしてこの取材とほぼ同じタイミングで、下和泉小学校の課外授業でEバスが取り上げられたことは何か明るい未来を感じざるを得ません!
これからも生活の一部として下和泉住宅の皆さんの足となり、末永く活躍してほしいですね。
##ライタークレジット:
写真・文=神成 昌幸(泉区ローカルライター)
##Information:
Eバス利用料:大人210円、子ども100円(現金のみ)
※未就学児は小学生以上1名につき1名まで無料、1歳未満は無料
※障害者割引、回数券、定期券あり
回数券:2,100円券(210円券×11枚)、6,300円券(210円券×11枚)×3部
販売場所
- ・ユーコープ和泉店
- ・ばんどうクリニック
- ・三恵理容
・下和泉住宅自治会館
天台観光株式会社
住所:横浜市瀬谷区阿久和南4丁目8-318
電話:045-366-6500
FAX:045-366-5353
メール:bus@tendaikanko.jp
ホームページ:https://www.tendaikanko.jp/service.html#rosen
都市整備局都市交通部都市交通課(地域交通サポート事業に関すること)
住所:横浜市中区本町6丁目50-10
電話:045-671-3800
FAX:045-663-3415
メール:tb-chiikikotsu@city.yokohama.lg.jp
ホームページ:https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/kotsu/chiikikotsu/support/
※このコーナーの記事は、泉区が大好きな「泉区ローカルライター」が、区民の目線で取材し、執筆しています。
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